私の音楽記憶簿

見知らぬ街での小さな希望:スピッツ『空も飛べるはず』と、上京の記憶

Tags: スピッツ, 上京, 青春, 希望, 人生の節目

新しい始まりの季節、見知らぬ街の気配

人生には、新しい扉を開く瞬間が何度か訪れるものです。私にとって、それは大学進学を機に故郷を離れ、東京の街へと移り住んだ、あの春のことでした。高校を卒業したばかりの私は、期待よりもはるかに大きな不安を抱えながら、夜行バスの窓から流れる街の灯りを眺めていたことを思い出します。そんな当時の私の心に、そっと寄り添い、小さな希望の光を灯してくれたのが、スピッツの『空も飛べるはず』でした。

この曲は1994年にリリースされましたが、私が上京したのは2000年代の初め頃のことです。当時すでに名曲として知られていましたが、それまでの私にとっては、ただ心地の良いメロディを持つ曲の一つに過ぎませんでした。しかし、新しい生活が始まったあの春、この曲は私にとって全く異なる意味を持つようになりました。

慣れない日々の中で響いたメロディ

初めての一人暮らしは、想像以上に孤独なものでした。見知らぬ街、新しい人間関係、全てが手探りの日々。地元の友人とは簡単に会うこともできず、家族とも離れて、自分一人で全てを解決しなければならないというプレッシャーが常にありました。特に夜になると、慣れない部屋の静けさが一層寂しさを募らせ、故郷が遠く感じられたものです。

そんなある日、何気なくMDウォークマンで音楽を聴いていると、『空も飛べるはず』が流れてきました。それまでは聞き流していた歌詞が、この時の私には深く、そして強く心に響いたのです。

「誰もいない場所から始まる」というフレーズは、まさに当時の私の状況そのものでした。東京という大都会で、知り合いもほとんどいない場所で、ゼロから自分の人生を築き始めるのだという現実。そのフレーズは、孤独を突きつけると同時に、しかし「ここから何でもできる」という静かな肯定のメッセージにも感じられました。

草野マサムネさんの透き通るような歌声と、牧歌的でありながらも力強さを秘めたメロディは、不安で縮こまっていた私の心をゆっくりと解き放ってくれました。特にサビの「君と出会った奇跡が」という部分は、まだ出会っていないけれど、この新しい場所で、きっと素晴らしい人たちと出会い、新しい経験ができるはずだという、未来への漠然とした期待へと繋がっていったことを覚えています。

この曲を聴きながら、私は何度も散歩に出かけました。見知らぬ街の風景、通り過ぎる人々の営み、春のやわらかな陽光。そうした全てが、この曲のメロディと重なり、少しずつこの街に自分の居場所を見つけられるような気がしたのです。音楽が、新しい環境に適応していく上での、精神的な支えとなっていました。

音楽がくれた一歩踏み出す勇気

『空も飛べるはず』は、私に「大丈夫、きっとうまくいく」という安心感を与えてくれました。それは、具体的な解決策を提示するものではなく、ただ寄り添い、静かに背中を押してくれるような、そんな温かい存在でした。この曲を聴くたびに、私は小さな勇気をもらい、少しずつ積極的に人と関わるようになり、新しい学びに挑戦するようになりました。

音楽が持つ力とは、時に言葉や理性では説明できないほど、人の感情や行動に大きな影響を与えるものだと、この経験を通じて実感しました。あの時、慣れない環境で感じていた不安や心細さは、この曲の優しいメロディと力強いメッセージによって、少しずつ希望へと姿を変えていったのです。

現在の私と、あの日のメロディ

今、この曲を聴くと、あの時の東京の春の空気、初めての一人暮らしの部屋の様子、そして胸に抱いていた期待と不安が鮮やかに蘇ります。それは、決して楽な日々ではありませんでしたが、間違いなく私の人生において大切な一歩を踏み出した時期でした。

『空も飛べるはず』は、単なる名曲としてではなく、私自身の成長と変化の証として、心に深く刻まれています。これからも、人生の節目を迎えるたびに、この曲が私に与えてくれた小さな希望を思い出し、新たな一歩を踏み出す勇気を持ち続けたいと思います。そして、いつかこの曲が、誰かの心にもそっと寄り添い、希望を灯してくれることを願っています。