私の音楽記憶簿

新しい生活への期待と不安を抱きしめたメロディ:オフコース『さよなら』と、初めての一人暮らしの夜

Tags: J-POP, オフコース, 一人暮らし, 80年代, 人生の転機

新しい扉を開いた夜、心に響いたメロディ

大学進学を機に、私は生まれ育った地方の街を離れ、東京での一人暮らしを始めました。18歳、初めての土地、初めての独立生活。期待に胸を膨らませていた一方で、慣れない環境での不安も抱えていたものです。広いワンルームのアパートで、荷物の整理を終えたばかりの夜、私はかつて父が使っていた古いカセットデッキを引っ張り出し、一枚のテープを再生しました。そのテープから流れてきたのが、オフコースの『さよなら』でした。

都会の片隅で感じた孤独と、音楽の温もり

当時の私は、日中は新しい友人との出会いや刺激的な授業に夢中になっていました。しかし、夜になり、部屋に一人きりになると、急に静けさと孤独が募るのを感じました。故郷の家族や友人たちのことを思い出し、この広い都会で自分は本当にやっていけるのだろうかと、漠然とした不安に襲われることも少なくありませんでした。そんな夜の空気の中、カセットテープから流れてくる『さよなら』のイントロは、私の心に深く染み入りました。

1979年にリリースされたこの曲は、小田和正さんの透明感のある歌声と、切なくも美しいメロディが特徴です。歌詞は恋人との別れを歌い上げていますが、当時の私には、この「さよなら」という言葉が、故郷や過去の自分との決別、そして新しい生活への一歩を踏み出すための心の準備のように感じられました。「もう終わりだね 君が小さく見える」というフレーズは、私の背後にある故郷の風景が徐々に遠ざかっていくようで、自立への道のりを象徴しているように思えたのです。

部屋の窓から見える都会の夜景は、輝かしくもどこか冷たく、そのコントラストの中で『さよなら』のメロディは一層温かく感じられました。この曲が、まるで私の抱える不安や、これから始まる自分の人生への期待感を、そっと包み込んでくれているかのようでした。繰り返しこの曲を聴くうちに、漠然とした孤独感は薄れ、新しい環境でしっかりと生きていこうという具体的な決意へと変わっていったことを覚えています。音楽が、言葉以上に深い感情を伝え、心に寄り添ってくれる瞬間を、この時強く実感しました。

『さよなら』が教えてくれた、自立の足音

『さよなら』を聴きながら過ごしたあの夜は、私にとって単なる寂しさや感傷に浸る時間ではありませんでした。それは、過去を振り返りつつも、未来へと進む勇気をもらう大切な時間だったのです。この曲は、私に「別れ」とは終わりのみならず、新たな「始まり」でもあることを教えてくれました。自分一人で生活を築き上げていくことの困難さと、それ以上に得られる自由や喜びを、このメロディは静かに語りかけていたように思います。

現在、私はあの頃の一人暮らしの経験を、人生の貴重な糧としています。そして、今でも『さよなら』を耳にすると、あの初めての一人暮らしの夜の空気感、都会の片隅で新しい自分と出会った瞬間の感情が鮮やかに蘇ります。音楽は、時に人生の転換点にそっと寄り添い、私たちに勇気を与え、次のステップへと導いてくれる大切な存在であると、改めて感じています。