未来への一歩を支えたメロディ:くるり『ばらの花』と私の就職活動の記憶
人生の岐路に咲いた一輪の花
音楽が、ある特定の時期の記憶と強く結びつくことは少なくありません。私にとって、大学生活の終盤、就職活動という大きな転換期を彩り、そして支えてくれた曲が、くるりの『ばらの花』でした。この曲は、単なる美しいメロディという以上に、当時の私の心境そのものを映し出し、静かに寄り添ってくれた記憶があります。
20代後半になった今でも、この曲を耳にするたびに、当時のあの少し湿った、それでいてどこか希望に満ちた空気を思い出すのです。
不安と焦燥の中で見つけた安らぎ
大学四年生の春、私はまさに就職活動の渦中にいました。周囲の友人たちが次々と内定を獲得していく中で、自分だけが取り残されているような焦りや、漠然とした将来への不安に苛まれる日々でした。都会の喧騒の中、リクルートスーツに身を包み、慣れないヒールで歩く足取りは、常に重く感じられました。特に、企業の選考に落ちた日や、友人の喜びの声を聞いた夜は、アパートの狭い部屋で一人、深い孤独感に包まれることも少なくありませんでした。
そんな折、何気なく聴いていたラジオから流れてきたのが、くるりの『ばらの花』でした。それまでにも耳にしたことはあったのですが、あの時期の私の心には、そのメロディと歌詞がこれまでとは全く異なる響き方で届いたのです。
「安心な場所から眺めている夢」というフレーズが特に印象的でした。当時の私は、まさに安心とは程遠い場所で、先の見えない未来を必死に手探りしている状態でした。しかし、この曲のどこか浮遊感のある、しかし確かな温かさを持ったサウンドは、そんな私の心をそっと包み込んでくれるようでした。過度に励ますわけでも、明確な答えを示すわけでもなく、ただ「大丈夫だよ」と静かに語りかけてくれるような、そんな優しさを感じたのです。
孤独な戦いを彩る音の風景
私はこの曲を、毎日のように繰り返し聴くようになりました。電車での移動中、満員電車の窓から流れる都会の景色を眺めながら。図書館の静寂な自習室で、参考書を開く合間にイヤホンから。そして、夜、ベッドに横たわり、天井を見つめながら。
「安心な場所から眺めている夢」という歌詞だけでなく、「ばらの花が咲いている」という繰り返されるフレーズも、当時の私には特別な意味を持っていました。それは、どんなに不安な状況にあっても、小さくても確かに存在する美しさや希望を象徴しているように感じられたのです。就職活動は、まるで自分一人で荒野を旅するような孤独な戦いでしたが、この曲は、その荒野にぽつんと咲く一輪のばらのように、私に微かな光を与えてくれました。
この音楽は、私に無理に「頑張れ」とは言いませんでした。ただ、焦燥感に駆られがちな心を落ち着かせ、自分自身のペースで良いのだと、静かに教えてくれているようでした。面接で上手く話せなかった日も、届いた不採用通知に落ち込んだ日も、『ばらの花』を聴くと、感情の波がゆっくりと引いていくのを感じました。それは、私にとって一種の精神安定剤のような役割を果たしていたのかもしれません。
過去と現在を繋ぐメロディ
就職活動が無事に終わり、社会人としての一歩を踏み出して以来、様々な経験を重ねてきましたが、『ばらの花』は、今も私の大切な「音楽記憶」の一つとして心に深く刻まれています。
あの時期の私は、人生の大きな選択を迫られ、未来に対する不安や自分自身の未熟さに直面していました。しかし、その過程で、この曲が私に与えてくれたのは、感情の揺れを受け入れ、自分自身と向き合う時間の大切さでした。
この曲を聴くたびに、私はあの頃の自分と再会します。そして、あの時感じた不安や焦燥感、そしてそこから少しずつ見出した希望と静かな自信が、今の自分を形成する大切な一部なのだと改めて感じ入るのです。音楽は時に、言葉では表現しきれない感情や記憶を、鮮やかな色彩で蘇らせてくれるものだと、つくづく思います。